歌劇「蝶々夫人」

新国立劇場(東京・新宿)で「高校生のためのオペラ鑑賞教室」を観る。プッチーニ(1858~1924年)作曲の「蝶々夫人」はこの鑑賞教室の定番。高校生のための音楽教室ということで、ほぼ全て高校生。それも女子校が学校単位で来ることが多いらしくほぼ女子高生。そしてスカートの短いような学校はない。オペラを鑑賞することを思いつく先生方がいらっしゃる学校はやはり一部の上品な学校なのでしょう。場内は決してうるさかったりマナーが悪かったりすることはありません。失礼ながらいつもの劇場よりもさわやかで上品でした。
高校生だったとき20年ぶりぐらいに見ました。お値段も2000円であの時と変わらず(今日は大人だから倍の4000円、当日券のみ観れる)キャストはオール日本人で、いまをときめく豪華な布陣。

高校生のために漫画付き

高校生のために、簡単なパンフレットとクリアファイルがついていて、漫画がついている。笑ってしまう内容だがわかりやすいかもしれない。ここで手を抜かず、もう絵の上手い漫画家を起用しても良いと思うのだが。

大人としての感想

小林厚子は初めて聞いたのだが、評判通りの絶唱。その素晴らしさには何度も泣かされた。豊かな発声、正確な音程、仕草、容姿も申し分ない。高校生にも多くのことが伝わったと思う。ピンカートンの小原もよく通る声。アクートも素晴らしい。合唱はそれほど活躍の場面はないが、有名なハミングコーラスなど素晴らしい音がしていた。この合唱団はシティオペラだとそれぞれが主役を歌う歌手が揃っている。三澤洋史の指揮はこのオペラの本質に迫っているような迫力は受けなかった。相まってオーケストラも必要最低限以上の働きはしていなかったように思える。ここで芸術監督が登壇したり、著名な指揮者ではなく、手堅い新国の日本人指揮者を起用するところにほんの少しの手抜きが感じられてしまった。これは今年度だけの問題ではない。これからも決してチョン・ミュンフンが指揮をしたりすることはないのだろう。

新国が続ける鑑賞教室

20年前はオペラ演出の大御所、栗山昌良だったが今回は演劇の栗山民也。シンプルな舞台で、転換も無い。最後の蝶々夫人の自害の場面で舞台を動かし、二人の子供を呆然と立たせてメッセージを託す劇的な演出がある。栗山昌良の’極めて’日本的’な演出よりも、オペラとして、また高校生には特に受け入れやすいだろう。
事実、20年経っても同じオペラを同じ場所で聞き、違った感動を受け止めている私がいる。

高校生のコメント

耳に入って来た生の声。大人には思いもよらぬ感性でとても面白い。全て女の子。

「せっかく金払ってんのに寝ちった」
「チョーチョーさーんって歌ってた、うける」
「ピンカートンまじしね」 「何語?」
「子供がかわいそう過ぎて泣けた」 「声、やばっ」
「蝶々夫人きれい」「ディズニーが良かった」
「なんか叫んでる人いた。ブラボーだって」
「ここ原宿近くていいね」